9月12日 折りたたみ自転車で武蔵野線めぐり その1

12日、あこがれていた折り畳み自転車での鉄塔撮影旅行に出発しました。
しかし、高くて軽い自転車を買ったのですが、それでも重いです。それでも、
これが普通の重さの自転車だったら、と思うと楽です。折りたたみ自転車は折りたたんで専用のバッグに入れれば
電車のなかに持ち込めます。それを利用し、遠くの鉄塔を自転車で辿るのです。
これがあこがれの鉄塔遠征スタイルでした。
降りたのはJR武蔵野線の新座駅。
そう、小説で有名になった「鉄塔武蔵野線」を辿るのです。
7月にJR武蔵野線と交差する場所まで辿ったので、
この日はその続きです。

膝折線44号
その前に、駅前を通る膝折線の鉄塔を2基撮影、

そして武蔵野連絡線の前へ
再開、武蔵野連絡線22号
前回と同じ勇ましさでそびえていました。送電されていないのが惜しいです。
今回はここからスタートです。

スカートがなくなった21号
この日初の撮影鉄塔は21号から、小説では防護ネット用の仮腕金を下につけていましたが現在はありません。
その先は公園になっていました。この公園の工事のためだったのでしょうか。

バランス耐張になった19号
そして、ホテルなどがそばに立つ19号。小説ではI吊り碍子でしたが今はバランス耐張になっていました。
う~ん惜しい。

連なる武蔵野連絡線の鉄塔
そして続いていく武蔵野連絡線の鉄塔、結構鉄塔の間隔が長く、先が遠くに感じられました。
ここも時間がかかりました。

全景が拝める13号
そして、連続耐張鉄塔区間が終わった先にはバランス耐張になった13号が立っていました。
全景が見えて嬉しいです。

10号も全景が見える
そして、その先に10号鉄塔が立っていました。
最初は近づきすぎたので、撮影ポイントに移動し撮影。

昭和34年の鉄塔
そしてプレートも撮影。元武蔵野線である武蔵野連絡線は昭和34年建設です。
この形の鉄塔は現在の武蔵野線区間には1基も残っていないのです。

そして、その先で武蔵野連絡線は膝折線と交差していました。
膝折線は小説の写真では4回線鉄塔でしたが、今は下2回線が廃止となってしまったようで、
下3段の腕金を撤去した面白い形になっています。
武蔵野連絡線と膝折線の交差
そして武蔵野連絡線はこの先も続きます。ここは鉄塔の下をまっすぐ通るあぜ道がなく、
送電線の東側を並行する道路から、鉄塔に近づき→撮影→道路に戻る、の繰り返しでした。
鉄塔の近くをぐるぐるして近所の方が心配していました(笑)・・・すいません。
見晴少年の苦労が少しわかりました。

畑が終わった先の4号
そして、たった数基の撮影に苦労した畑を抜けた先には4号鉄塔が立っていました。
ここから辿るのが楽そう?でした。4号は低いです。

武蔵野連絡線1号
そしてついに1号まで到達しました。この時点でお昼近くになっていました。

武蔵赤坂開閉所
ここは武蔵赤坂開閉所です。前回に千歳変電所でであった中富線はここが出発点です。
いつか中富線も旭ヶ丘線とセットで辿りたいです。
さて、ここでお昼を知らせる音楽が・・・この開閉所のそばで食べるのも考えましたが、
ちょっと食べるには向かない場所なので、もうちょっと先に進みます。

怪獣と称された44-1号
武蔵赤坂線最初の撮影は44-1号、小説で怪獣鉄塔と称されていました。
武蔵赤坂開閉所建設のためにたされた鉄塔なのでしょう。
ここから終点までは元の番号で進みます。
武蔵野連絡線は送電停止中。

その先は森が連続し、ところどころ町もありますが、緑がたくさん残っていました。
どんどん進むと送電線が通る森に入れる道が、あとで私有地だとわかったのですが、
看板もあり、いかにも入ってよさそうな場所でした。本当に入っていいかは分からないですけど。

途中からトラスト保存林に変わり、その中に38号鉄塔があり、結界の中は開けていました。
休憩です・・・。
お昼にはちょうどいい場所です。ここで休憩をとることにしました。
初めて鉄塔のしたでご飯を食べました。
近くの公園からスポーツをする少年たちの声が聞こえる以外は
静けさが満ちていた38号結界でした。

続く
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名前 プラ太郎
現在 電機設備メーカー
趣味 鉄道・送電線・トミカ・プラレール

趣味+日常を出来事をつづるブログです。これからもどんどん続けていきます。

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