5月3日 ゴールデンウィーク名阪遠征 その10 東大阪から平地鉄塔旅

花園北線の終点が見えて、行く先が
高津線しかないと知り、ちゃんと高津線を撮るため、
この日3回目も東大阪変電所となりました・・・。

高津線1号
花園北線は77kV4回線でしたが、
高津線は154kV4回線で、どっしりとした面構えです。

高津線5号
どっしりとした鉄塔はここにも。
建設年を見てみたら昭和36年でした。
柿生線と同い年です。
しかし、柿生線とちがって腕金の長さをすっきりと揃えているので、
ちょっと近代的に見えます。

高津線10号
しかし、昭和36年表記の鉄塔は一部で、
スタンダードは昭和50年代の鋼管鉄塔でした。
そういえば、信貴敷津線といい、八尾線といい、この高津線といい、
関西電力は鋼管鉄塔が多い気がします。

花園北線3号
先ほどの場所まで戻ってきたところで、花園北線も再開します。
この鉄塔の近くに河内変電所がありましたが、
この先にある「3外1号」(外は枝番のようです)ではなく、
この3号から分岐していました。

花園北線4号
送電線は公園の上を通ってまっすぐ進んでいきます。
しかし、この直線区間、地味に長く感じました。

点字ブロック仕事せず
花園北線と高津線が上空を超える公園の点字ブロックはなぜか
仕事していません。

花園北線6号
その後、花園北線はご多分にもれず地中に消え去ってしまいました。
高津線がとうとう一人となって進みます。

高津線15号
この先は結構な市街地を通っていきます。
時々紅白鉄塔もあるぐらいです。

高津線17号
そしてまた鋼管鉄塔が多くなります。

その後も市街地を進んでいきますと、
とうとう上の回線が変電所に入っていました。

東意岐部変電所
到着したのは東意岐部変電所。
意岐部は「おきべ」と読むようです。
難読ですね。
岐部の部分は「きべ」と想像しましたが、意を「お」と読ませるのは予想外でした。

高津線23号
しかし、高津線の下段が変電所によらずに出て行っています。
というより、下段が高津線だったのです。
東大阪でも、鉄構につながっていたのは下段なので、
追跡区間も、電気的につながりました。

意岐部変電所
しかし、すぐ近くに別の変電所がありました。
今度は東のつかない意岐部変電所でした。
2つの大きな変電所が近接しています。

さて、高津線はどこまで続くのでしょう。
と思ったら、変電所のその先に見える鉄塔が・・・?

高津線28号
近寄って見てあぁぁ!
高津線も地中に潜ってしまいました。
東大阪から直接つながって(なおかつ地平を通る送電線)いる送電線は
全踏破してしまいましたね。
この先、東大阪より東側に手を出すと、山越えになるようです。
東大阪より東に行きたいなら山越えしやがれという
どこかのバラエティー番組みたいな口調で鉄塔が言っている気がしますね(笑)

というわけで、最後に意岐部友井線が残されていたので、
これを辿っていきます。

意岐部友井線4号
意岐部友井線、スタンダードはこんな感じでしょうか。

意岐部友井線5号
しかし、ところどころにこんな鉄塔があります。
18本の電線を抱えられそうな構造です。
一部の鉄塔には、大正12年という表記があったのですが、
この鉄塔が大正に見えます。
残念ながら近づけなかったのです。

意岐部友井線10号
新しい鉄塔でも、変な腕金配置としている鉄塔もあります。

意岐部友井線13号
途中にあった小坂変電所を超えてから、終盤、
顔がおかしくになってきました。
この鉄塔は昭和41年製で、意外と古くないと思います。
そして、17基を数えたところで、
変電所に入っていました。

友井変電所
終点はもちろん友井変電所でした。
意岐部友井線は、中間変電所~配電変電所というルートで、
途中で他の送電線と一緒になることもなく、
分岐はあったものの、純粋に友井変電所まで来るという、
最近の送電線では珍しいシンプル構成でした。

ここまで来てゴールですが、本当に、他に別方向へ行く送電線がないのです。
この日の鉄塔旅はここまでです。

まだ、お出かけを終える時間には早いですが、
とりあえず最寄りの駅まで向かいました。
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東意岐部変電所

あれを『ひがしおきべ』とは地元の人でもなかなか読めませんね。

東意岐部変電所に引き込まれている154000ボルト2回線は154000ボルト堺港新生駒線の分岐線だと思います。

堺港新生駒線は東大阪変電所のすぐ南側まできています。

意岐部変電所は古い変電所。大同電力の建設した変電所だと思います。なので、意岐部友井線も大同電力が建設した電路だと思います。

もう少し北側に77000ボルト古川橋意岐部線という電路が走っていて、意岐部友井線の大正時代建設の鉄塔と同じ鉄塔が見られます。また、ハンガー吊り式懸垂鉄塔という珍しい鉄塔も一基残っています。

古川橋意岐部線も大同電力建設の電路だと思います。

元々、戦前は、意岐部友井線と古川橋意岐部線は一本の電路だったようです。

Re: 東意岐部変電所

コメントと情報えおたくさんありがとうございます!
大東線が北側に続いているということは、ここではコンプリートではなかったのですね・・・。
機会があったら、また現地で探索してみたいです。
昭和13年の単一テーパー鉄塔も気になりますし。

意岐部変電所からの発着路線も他にあったのですか。
ハンガー吊り式懸垂鉄塔は、ネットで見たことがありますが、
意岐部友井線の鉄塔と似ている気がします。
もしかしたら、JR片町線で住道駅手前の区間で見えた鉄塔がそうなのでしょうか。
この旅で見かけた鉄塔では、高島線の鉄塔が古いことは知っていましたが、
市街地にも以外と古い鉄塔が結構あるのですね。
これは今後の調査が楽しみです。

そうです!ビンゴですっ♪

片町線、徳庵駅付近の車窓から見えるのが古川橋意岐部線の鉄塔達です。

古川橋意岐部線と意岐部友井線は戦前に大同電力が建設した送電路。元は連続する一本の電路だったと思います。

なので、両電路の鉄塔は似ているのではないでしょうか?

また、ハンガー吊懸垂方式の鉄塔は住宅街の路地の奥、玄関先に建っています。撮影するには気合いが必要(笑)。

日本電力の建設と思われるシングルテーパー鉄塔は昭和11年建設でした。訂正いたします。すいませんm(__)m

シングルテーパー鉄塔は大東線以外では小曽根味生(おぞねあじう)線にたくさん残っています。

小曽根味生線の最寄り駅は阪急京都線上新庄駅。東海道新幹線が新大阪駅に停車する直前の場所です。

Re: そうです!ビンゴですっ♪

コメントとたくさんの情報ありがとうございます!

越えたとはいえ、接近せずに遠望撮影だけで済ませている鉄塔が目立ちますので、
全部の鉄塔の根元を目指しましょうということになると、それは私でも実現できるかは不透明ですね(;^_^)
以外と巡視路は整備されている場所が多く、起終点の近くに駅があることも大きいです。
山越え路線としては初めて踏破した東京南線(横須賀火力発電所~京浜変電所)も、
追跡を中断するポイントポイントが駅から歩いていける距離なので、交通機関が近くにあれば、
一見長くて険しい路線も、無理なく追跡できます(巡視路が険しいかは別としてですが(汗))。
猪苗代旧幹線の場合は、送電線近傍に親戚の別荘があり、そこから途中の峠まで送迎してもらったりと、
温かいご協力があって踏破できました。
その点、東西踏破に挙げている佐久間東西幹線は、長距離で、周辺に交通機関がないことも考えられるので、
いろいろ準備が必要です。
追跡開始はかなり先になりそうですね(;^_^)

関西圏には個性的な鉄塔がまだたくさん残っているのですか。
これは次回の遠征も興味がわきますね♪
意岐部友井線と古川橋意岐部線が元は同じ送電線であるのなら、似ているのは分かりますね。
というよりも、66kV・77kVの送電線は、電力需要の変化に合わせて
電線路が細切れになったりつなぎ換えたりが非常に多いので、
異なる送電線に同じ鉄塔があるというのは、結構ありますね。
東京近辺では、千鳥線・相武線・奥戸線などに大正~昭和30年代の鉄塔がありますが、
それと似たような何かを感じます。
あと、八尾線は高島線の末端というわけではないのですね。
プロフィール

プラ太郎

Author:プラ太郎
名前 プラ太郎
現在 電機設備メーカー
趣味 鉄道・送電線・トミカ・プラレール

趣味+日常を出来事をつづるブログです。これからもどんどん続けていきます。

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