2月12日 玉諸線意地で辿ってきました

12日、
鉄道撮影が一区切りした後は、久々送電線巡りの予定でした。
しかし・・・15時半ごろまで鉄道撮影が続いて、
正直時間が無かったのですが、もう1月ぐらい鉄塔撮ってなかったので、
なんだか意地でも辿ってやろうという気になっていました・・・。

道中で丸ポストを3本も見つけつつ、
甲府市郊外の甲府線が4回線から2回線になる鉄塔のもとへ。
甲府線から分かれている玉諸線に目を付けました。

玉諸線12号
川と田園地帯が広がる広々とした場所から
玉諸線単独区間が始まっています。
鉄塔は標準的なスタイルでした。

玉諸線13号
そして玉諸線は住宅街へ
・・・と言うほど都会風景でも無いです。
住宅と畑交じりの、程よい長閑さです。

玉諸線16号
その後も眺めの良い区間を走ります。
途中には配電変電所もありました。
玉諸線なのに途中に玉諸変電所とかだったり

玉諸変電所
・・・って本当に玉諸変電所ですかい!

さ~玉諸を過ぎてしまった玉諸線はもう本当に
どこまで続いているかわからなくなってきました。

玉諸線18号
その後も、住宅街だの畑だの川の近くを通ったりしました。

玉諸線22号
そのうちに川沿いに進んでいくようになりました。
余談でしたが、この川、平等川(びょうどうがわ)という、
聞いてて嬉しくなる名前です(笑)

玉諸線25号
さて、ここでカーブしていきました。
北側に向きを変えて、中央線を越えていきました。

玉諸線28号
比較的、石和温泉駅に近い立地なので、住宅が目立つようになってきました。

玉諸線31号
そして、再び変電所がありました。
石和変電所でしたが、問題なのは玉諸線が
ここで終わっているかと言うことです。
線名が変わっていれば、この日の撮影は終了することとしますが
果たして・・・・?

石和線1号
引き続き住宅街を越えていこうとする鉄塔です。
最初の鉄塔は住宅街なのに柵なし

石和線1号
お!線名が変わっていますね。
では、ここで区切ることとします。
正直、この石和線もどこまで行っているか気になりますが、
ひとまず、課題送電線を残さずに、この日は締めくくりとなりました。
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1月13日 二宮-湯河原線の欠番探しと小田原分岐線

13日、
相変わらず天気に恵まれたこの日は、
課題送電線の1つである二宮-湯河原線の撮り漏れ鉄塔を探しに行きました。
で、そのついでに小田原分岐線も辿ってみました。

小田原分岐線は小田原駅のすぐ近くから続いているので
スタートが楽でした。

小田原分岐線13号
しかし、それは駅から距離の話で、
鉄塔自体は、大学施設に阻まれた変電所の中にあるので、
近くだと本当に見づらかったのです。
しょうがないので小田原城を望む陸橋から俯瞰撮影。
この日はアップダウンを見越して自転車をもっていかなかったので、
行ったり来たりの時間ロスが多いです・・・。

小田原分岐線12号
小田原分岐線は分岐元である二宮-湯河原線と同じようなスタイルですが、
建設年は昭和25年と、比較的後の時代に建てられたようです。
二宮-湯河原線の建設年(昭和2年)が示すように、
昭和初期には、東海道線の小田原駅周辺は
電化されていましたが、小田原分岐線を戦後になって
追加した理由が気になりますね。

小田原分岐線10号
小田原分岐線は、丘を下ってくるような送電線なので、
逆だとハイキングのように坂道上りが多いです。
ただ、周辺が住宅だったり学校だったりで道は多いので、
追跡は楽です。
小田原城の史跡もあったり・・・。

小田原分岐線6号
一度丘を登ると、比較的平坦な区間となり、
辺りは小田原城の史跡に囲まれる格好になってきます。
・・・ていうか建設当時の小田原城の敷地が
やたら広いみたいです。

小田原分岐線4号
その後も、丘陵地の比較的平坦なルートをを通り、
史跡から離れていくと、遠くに二宮-湯河原線も
見えてきました。徒歩でしたが、やはり13基は余裕でクリアできますね。

小田原分岐線3号
そして分岐手前には開閉装置付きの鉄塔が待ち構えていました。
開閉装置付き鉄塔、最初は珍しいかと思いましたが、
JR東日本は、どうも分岐前後の鉄塔に開閉装置を設けて、
万一のトラブル時に系統切断できるように配慮しているみたいです。

小田原分岐線1号
そして小田原分岐線は1号へ。
残念ながら上る道にチェーンが渡してあったので接近自粛。
折り返しのちょっと珍しいコンクリート柱ですが、
もしかしたら昔は木柱だったかもしれませんね。

二宮-湯河原線73号
そして、二宮-湯河原線に入ります。

二宮-湯河原線76号
同線は、この後丘を降りるかと思えば、
この先で一気に箱根登山鉄道+国道+箱根ターンパイクを
一変に跨いで山の向こうへ飛んでいきます。

管理人は、ちょうどやってきた赤い小田急電車を撮りつつ、
徒歩で愚直に越えましたが、1時間近くかかりました。

二宮-湯河原線81号
谷超え向かいの鉄塔を撮影後、真鶴線撮影時とは
別の道路を歩いて追跡続行しました。
歴史ある道なのか、ところどころに付近に来たことのある武将の
説明看板がありました。

二宮-湯河原線82号
途中、一夜上跡下の駐車場に到達し、その奥にある広場から
二宮-湯河原線を望みます。

しかし、夕暮れになってきましたよ!?

先を急ぎます。

二宮-湯河原線84号
二宮-湯河原線は、その後また谷越えしていきますが、
丁度山裾を走る農道が、まだ工事中で通行止め。

一旦東海道線の方まで山を下り、麓から再度アプローチを試みましたが、
目的の場所まで行く道路を見つけることができず。

残念ながらメインディッシュは達成できず夕暮れタイムアウト。
「何の成果も!!得られませんでした!!(小田原分岐線を除く)」って
どこかの兵団さんみたいなことを言いたくなるのですが、
ひとまず農道の工事が一区切りするであろう3月30日以降に、
またチャレンジしてみます。

根府川駅まで歩いて、家路につきました。

1月3日 年末年始名阪遠征2017 ~雪の南近江線をたどってきました~

3日は送電線撮影に出かけました。
すなわち、絶賛進行中の「中部関西をつなげようプロジェクト」の
ルートに入っている南近江線の残りの区間をたどっていきます。

さて、気になる天気は、京都は曇りと書いてあったので大丈夫でしょうと、
貴生川駅から降りてみたら、
雨が降っていた・・・を通り越して雪が降ってました!
・・・でも、すぐやみますよね?
雪なら雨と違ってある程度払うことができますし、

というわけで、雪なのに南近江線を強行突破していくことにしました(笑)

南近江線64号
64号・65号からスタートします。
ちなみに、昨年のゴールデンウィークでは塗装中だった64号、
ある程度進んだようですが、まだ片方の腕金がグレーのままで、
札も取り外されたままでした・・・。
塗装ってそんなに時間をかけるものなのでしょうか。

南近江線61号
南近江線を東へたどっていきます。
結構周辺に道路がたくさんあり、追跡は容易です。

南近江線57号
眺めがよいです。
が、雪がどんどん強くなってきました。
ここで中断して貴生川駅に戻ってもよかったのですが、
甲賀市の天気が11時台以降曇りとなっていたのと、
やはり「はやく南近江線」踏破したい!という気持ちで
またまた続きをたどることになりました。

南近江線52号
雪はまだまだやみません。
おまけに、鉄塔も夜だったらアークの光が見えそうって
思うぐらいジリジリ(じゃっかんバリバリ?)いっていました。
これだと、うかつに鉄塔にさわったりできないかもしれないですね。
いくら地面にアースされているといっても、接地抵抗があるわけですから、
もしかしたら500kVの尋常じゃない電圧でびりびりいうかも・・・?
(実際、落雷した鉄塔のそばにいると危ないらしいです。)

南近江線49号
結構道路から離れた場所も通ります。
寄りにもよってまたゴルフ場だの茶畑だの
立ち入り禁止となっている敷地の奥にありますし。

南近江線45号
なんだかんだ45号まできたら、雪がやんできました。
予報が当たりましたか?

南近江線43号
しばらくは大丈夫でした。
しかし、またぱらついてきました!
結局のところ、この日は1日中雪が降ったりやんだりで、
降っているときは結構な大雪になっていました。
時折雹?になったりして、当たると痛かったり・・・。

南近江線38号
38号で、いったん田園風景を通ります。
数少ない、南近江線の平地ですね。
ここ以外だと、JR草津線と奈良線をまたぐ箇所にだけ
まとまってあったぐらいで、あとは点在するだけなので、
南近江線がいかに山間地・丘陵地通過が多いということが分かります。

その後も南近江線は山の上の旅を続けます。
住宅団地の近くを通ったりもしていましたが、
やはり鉄塔は山の上・・・。

南近江線34号
本当に雪が降ったりやんだりです。
ただ、銀世界の鉄塔というのも悪くはないですね。
寒さは段違いですが、それを除けば美しい光景が続きます。

南近江線31号
南近江線は、風情ある住宅街の横を通っていきました。
山間地を通過してはいますが、
周辺に道路が多くて、撮影しやすいんですよね。

南近江線29号
ここでも平地を進んでいきます。
この鉄塔はなぜ左側の碍子をずらしているのか気になります。

ここまでは順調に進んでいましたが、
この先で雪が降ったとき、上にも書きました
「痛い雪が」降ってきました。

ていうか、雪粒がもう氷の塊みたいなので、すぐには溶けず、
そんなものがバンバン降ってくるので、
退避した軒下(バス停用にベンチがおいてありました)の
前の道路はたちまち白くなっていきました。

南近江線24号
このあたりから、南近江線は道路を離れていきます。
おかげで、鉄塔を撮るのも一苦労です。

南近江線19号
それでも、遠くの道路に迂回して、また近づくという手順で
一応は近くに行けます。
で、この帰りに雹みたいな雪が降ってきまして、
それが顔やら手に当たると痛いですね・・・。
目にあたったらたぶん危険ですから、フワフワのボタン雪に変わるまでの間は、
また軒がある建物(個人宅ではないですよ)で退避を余儀なくされました。

こうして、難航しつつも、なんだかんだで撮影は進んでいきました。
そして、南近江線も1ケタ台に入るであろうという時に、
広い平地にでまして、そこから遠くに鉄構が見えたのです。
東近江開閉所が近いのです!
しかし、今度は、雪で山の上に立つ鉄塔が隠れてしまい、
寒い中鉄塔が見えるようになるまで待つ羽目に・・・。
景色は美しいですが、
降雪時期に鉄塔をたどるといろいろ問題ありますね・・・。

そして、山の上の鉄塔も無事に撮れたところで、
近づける鉄塔がいよいよ出てきたので、番号を確認したら8号。
もうすぐそこです!

南近江線2号
2号とみられる鉄塔まで遠くから撮り、
1号鉄塔は近くで撮りましょう。

通りから分岐している道があったので、登って行ったら、

東近江開閉所
ついにたどり着きましたよ・・・。
東近江開閉所です。
開閉機器しかなく、接続路線も4路線のみなので、
意外とこじんまりした印象です。
では!1号鉄塔のもとへ

南近江線1号
これが1号鉄塔です。残念ながら、根元に近づくことはできず、
プレートは拝めませんでした。
ここから200基以上もの鉄塔を連ねて、
新生駒変電所へ電気を供給している・・・。
そう考えると感慨深いです。

東近江開閉所
東近江開閉所の正門へは、開閉所を取り囲んでいる巡視路をたどって
たどり着きました。
ここから戻ろうとしたら、入山規制の鍵付きゲートでがっちり
ガードされていて出られなかったので、もときた巡視路を、
たどって戻りました。

そして、年末年始遠征最後の鉄塔に別れを告げて、
一路八日市駅までサイクリングしました。

さて、ここまでたどってきた南近江線ですが、
25号とみられる鉄塔の撮影漏れがあったのと、
やはり近江開閉所付近の鉄塔が雪に阻まれてあまり上手く撮れていないので、
ゴールデンウィークの課題としてとっといておきます。

ひとまずお疲れ様です。
仮ですが、南近江線走破です!

1月1日 年末年始名阪遠征2017 ~西方目指して鉄塔たどりました 後編~

小曽根味生線をたどって途中で地下に潜っていたので、
管理人は近くの道路を通って小曽根変電所へ

小曽根変電所
結構大き目の変電所ですね。
いくつか送電線の接続があるみたいですが、
北へ延びる主幹とみられる154kV線(北大阪小曽根線というみたいです)は
スルーしまして、地図で確認した、
まっすぐ西側に向かっていそうな送電線を選びました。

神崎線1号
それが、このごつい鉄塔で始まっていた、神崎線という鉄塔でした。
線名は後からわかりましたが、それにしても関西電力の鉄塔は、
中部電力みたいに
起終点の変電所名をそのまま両方とももじった線名(長曽根我孫子線など)や、
今回の神崎線みたいに、終点とみられる変電所名だけだったり(東京電力風)など、
名づけルールがいろいろあるように感じられますね。

神崎線3号
川わたってすぐの鉄塔は、比較的最近嵩上げされたように見えました。
惜しいですね。
この先の鉄塔には、昭和11年と記載された鉄塔もありましたので、
もしかしたら、この鉄塔の嵩上げ前は建設当初からの姿だったかも知れません。

神崎線7号
神崎線は市街地を抜けていきます。
しばらくはレトロな鉄塔が続いていました。

低空飛行
ところで、空港が近いようで、時折旅客機がかなりの低空飛行で
通って行っておりました。
音も結構するので、これ近隣への騒音とか大丈夫なのかと心配になっていまいます。
飛行場問題だと、米軍基地と沖縄が取り上げられることが多いですが、
こういった民間空港も、問題があれば取り上げても良いように思います。

神崎線12号
話はさておき、神崎線は、途中でスタイリッシュな美化鉄塔になっていました。
形がある種異国のような感じに見えて、やはり、
異郷の地を旅しているという実感が湧きました。

神崎線16号
ただしずーっと美化鉄塔というわけでもなく、
また普通の鉄塔に戻ったりもしました。
それにしても、この鉄塔マンションに思いっきり高さ負けしていますね・・・。

神崎線18号
途中で、阪急神戸線をまたぐところもありましたが
普通の鉄塔を使っていました。
高かったのは東海道新幹線をまたいでいたところでしょうか。

神崎線20号
そしてまた美化鉄塔になって、またこの先で普通の鉄塔になるわけです。
しかし、ここで変化が・・・。

神崎線25号
上段に使われていない腕金が入り始めたのです。
ただのローカル送電線かと思いきや、歴史が深い故の特徴が
ここにありました。

神崎線27号
そこからは、高速道路に沿って市街地を進んでいく恰好となりました。

神崎線28号
通りに近いところでは、
ジャミラ型鉄桶もありました。
この鉄塔、4回線を支えていたころの姿は多分、新鳥飼味生線と
ほぼ同じでしょうね。

神崎線30号
30号に至っては、市街地なのに結界に入れる鉄塔でした。

それにしても、市街地ながら地味に番号がどんどん増えていくので、
夕暮れで焦っていたこともあって、いつ終わるのかと思っていましたが、
とうとう終点が見えました。

神崎線32号
1基手前の鉄塔は2回線構造だったものの、
最終鉄塔は、やはり上段が空いた状態でした。
反対側には別の送電線がほぼ一直線上に続いており、
かつては一緒の送電線だったことが丸わかりです。

神崎変電所
終点も神崎変電所でした。
しかし、塀がそこそこの高さを有していて
中がよく見えなかったので、
ちょうど後ろを福知山線が走っていたので、そちらに
回り込んでみることに、と
途中の工事現場に「事故現場整備」?

・・あぁ

神崎変電所と福知山線
よく見たら、神崎変電所が立地しているこの場所、
あの福知山線脱線事故の現場のすぐそばだったんですね。
そういえば、事故報道の際、空中映像の上の方に
変電所らしきものが写っていたのを思い出しました。
写真の一番右側の工事している場所が事故現場で、その手前の線路を、
姿は変われど、事故車両と同じ207系が今も走っているわけです。

いろいろ複雑な気持ちでちょっと胸が痛くなりますが、
ひとまず神崎線も切りよく終了できたので、
事故現場に向かって手を合わせて、
そして鉄塔撮影は終了しました。

次のシーズンで、さらに西を目指してみたいと思います。

1月1日 年末年始名阪遠征2017 ~西方目指して鉄塔たどりました 前編~

名阪遠征の元旦
この日は鉄塔もたどりました。

富田山田線37号
そういえば、その前の鉄道撮影の途中で、電線のない鉄塔を
発見しました。
線名は富田山田線というらしいですが、完全に電線がないです。
廃線でしょうか


富田山田線・・・
その先も電線のない鉄塔が続いています。
奥には美化鉄塔も見えます。
本当に廃線ならもったいないですね。

さて、この後、味生変電所に移動しまして、
ここから延びる小曽根味生線をたどって西へ向かってみます。
ほかのサイトで紹介されていた尼崎方面の鉄塔が何線なのか気になります。

小曽根味生線45号
小曽根味生線は地中から引き上げていました。
ここから続いて行きますが、次の鉄塔からいきなり古い鉄塔でした。

小曽根味生線43号
小曽根味生線の古い鉄塔は昭和11年建設のようでした。
古川橋味生線と同じですから、もとは同じ送電線だったのでしょうか。
ただし、下段に22kV級とみられる空腕金を装備しているのが異なる点です。

小曽根味生線39号
そのあとは住宅街を進んでいきます。
こんな戦前生まれの鉄塔が連なって市街地を進む・・・。
関東ではほとんどお目にかかれない光景です。
よくて昭和30年代ですから、本当に、
こういった古い鉄塔をいつでも拝める関西の方がちょっとうらやましいです。

小曽根味生線36号
小曽根味生線は市街地だけでなく、時には大学の敷地をかすめたり・・・。

小曽根味生線34号
結構建物に囲まれた場所を進んでいきます。

小曽根味生線33号
と、ここで小曽根味生線は地中に潜りました。
これは事前情報で知っていたことなので驚きません。
問題は、次の鉄塔がどこにあるかということです。

小曽根味生線30号
で、そこから結局あちこち走り、阪急上新庄駅付近を通り、
神崎川沿いに出て、遠くに見える鉄塔を追っかけて
かなり大回りしながら次の鉄塔にたどり着きました。
場所的には、32号から東海道新幹線に沿って進めば
そのまま到着できた場所で、30号も新幹線のそばでした・・・。

ひとまず進みます。

小曽根味生線29号
団地の中に古い鉄塔がありましたが、
こちらは昭和9年と、形も年号も異なります。
線名こそ同じですが、送電線としての生い立ちは違うのでしょうね。

小曽根味生線22号
そして、小曽根味生線は川を渡りますが、
またまた鉄塔の形が変わります。

小曽根味生線21号
今度は154kVに見える大きな鉄塔です。
年号は昭和18年まで新しくなり、
またまた、生い立ちの異なる鉄塔でした。
昭和18年ということは、たぶん日本発送電時代のものでしょうね。

小曽根味生線20号
懸垂鉄塔は頭が平らです。
ここまで鉄塔のバラエティが豊富で、幸せの時間を過ごしていました


小曽根味生線19号
小曽根味生線、残念ながら東海道線をまたいだところで
地中に潜ってTHE ENDなのです・・・。
まあ小曽根味生線を取り上げている方のブログを拝見して、
上新庄駅に立ち寄っていた時点で知ってはいましたが、
やはり、架空線で目的地まで行けないのは、
なんとも腑に落ちない結果です・・・。
引き下げ鉄塔は平成7年と書いてあったので、比較的新しい時期に
地中化を行い、若番側の鉄塔18基程度を撤去したとみられます。

しょうがないので、地図で場所を確認し、そのまま小曽根変電所に向かいました。

続く
プロフィール

プラ太郎

Author:プラ太郎
現在 電機設備メーカー
趣味 鉄道・送電線・トミカ・プラレール・模型

趣味+日常を出来事をつづるブログです。
これからもどんどん続けていきます。

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